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June 07, 2006

鬼房を語る兜太

6月3日(土)有楽町の中小企業会館にて「現代俳句講座」を聴講した。
1、2階席ともに満席で、補助椅子を出して対応するという盛況ぶりだった。

第一部は成井惠子氏による「中興の人与謝蕪村」
蕪村の方法は、南画から来ているという。
すなわち、俗を去るということ。そのためには、万巻の書を読み、千里の道を行くこと。
万巻の書を読む、といっても、読み方にはさまざまなものがあり、それを蕪村がいかに実践したかということを、ご専門の図書館情報学の手法とクロスオーバーさせて語られた。
蕪村が「純粋な俳諧精神」というものを求めて苦闘した経緯を、詳細に資料を検討した結果に裏打ちされた考察であり、 説得力があり、興味深いものであった。

第二部には金子兜太氏が登場し、佐藤鬼房について語られた。
人を惹きこむ話術の巧みさ。率直で歯切れの良い語り口は、聴衆を飽きさせない。

さて、兜太は「鬼房がいないのに自分が生きていることを不思議に思う」と語りはじめた。
同世代に、多くの、俳句しか能の無い、しかし俳句においてはとても優秀な連中がいて、その多くは世を去ってしまった。
これらの人々の「語り部」としての仕事をする時期が来た。そのことを意識していきたい、と。
評論はいらない、生き物が大事だ、生きている人間としての鬼房を語りたい、と。
鬼房を語る前に、細谷源二という北海道の俳人について触れ、彼が全国的な評価をなかなか得られない理由のひとつに、晩年になって五七五定型からはみ出てしまったことを挙げた。
それに対して鬼房が、定型を厳密に守ったということ、定型が自分の内臓の一部であるかのように「体で、厳密に、大事に」しており、その違いが、鬼房の名を不朽のものにしたと指摘した。

話は、兜太が鬼房と初めて会ったときのことに遡る。
第一句集『名もなき日夜』を上梓したのち、おそらくは鈴木六林男の手配で、関西方面への旅をした鬼房は、その帰途、福島の兜太のもとに一泊した。
鬼房は渋い表情でぼそぼそと話し、途切れると手元にある難解そうな本のページをぺらぺらとめくっていたという。
兜太は言う、鬼房はそのとき何かあせっていた、何かを求めていた。ただ、彼の考えていることを確かには理解できなかった、と。
当時の、すなわち戦後俳句中期の多くの俳人たち、主に関西を拠点にしていた人々には、情況論だけがあって、本質論がなかった。
すなわち、「何を」書くかのみがあり、「何で」書くかという視点が欠けていた。
俳句で「観念」を書く、という想いは一致していたものの、俳句形式が求めるものではなく、外にあるもの、つまり現代詩や短歌などが書いてきたものから「かっぱらっていた」のではないか、と。
そんななか、鬼房はもっとも深刻であった。深刻ぶるのではなく、深刻そのものだった。
貧しく「田舎っぺえ」であった鬼房は、たとえば俳句で生活にはどうすればよいか、ということも考えていたようだ、と兜太は言う。

神戸に転勤し、関西前衛の活気のなかで「調子に乗っちゃってた」兜太のもとへ、鬼房の第二句集『夜の崖』が届けられた。
それを手にした兜太は、福島の夜の鬼房の態度が理解できた。
そして鬼房が「観念」を自分なりにつかまえたのだ、ということを悟ったという。
活気だけではダメだ、鬼房のような真摯な姿勢が必要だ、と。
鬼房は「観念」をからだで感じること、と受け取っており、それは貧しさゆえ、生活に立ち、生活のなかで句をつくり、その他は求めないという姿勢によるものだ、ということである。
そして、話の終盤は鬼房が大事にした五七五定型というものがいかにありがたいものかという兜太の持論を展開して終わった。

「豈」42号にも書いたとおり、私は、鬼房には他者との強い親和力があり、その結果として定型を深く身につけることができたのだと思っている。
アプローチは違うが、兜太が鬼房を、定型という観点を中心に語ったことについて、共感をおぼえた。

質疑応答に移り、司会の大石雄鬼さんが「俳句の大衆性と文学性」ということについて、兜太氏に質問をぶつけた。その答えはつぎのようなことであった。
「うぬぼれるな、ということです。この句は一流だ、と思うな。一流であると同時に一般からも愛されるのが本物である。若い者で、自分さえわかれば良い、というのがいるがそれなら俳句をやる必要はない。」
これは、まさしく私自身に向けられたような言葉だ、と勝手に思ってしまい、壁際の補助席でひとり下を向いてしまったのであった。

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