三島忌の
三島忌の帽子の中のうどんかな 攝津幸彦 『鳥屋』(昭和六十一年刊)
帽子の中にあるべきものは人間の頭であるが、この句ではあろうことか「うどん」が入っているという。
帽子は黒いシルクハットだろうか。
そのなかに真っ白で、つるりとした、或る太さの麺が渦巻いている。湯気を立てているかもしれない。
僕には、このうどんの姿と質感が、人間の脳みそに似ているように思えるのだ。
脳みそが入っているべきところに、脳みそに似て非なる物体が詰め込まれている。そのユーモラスさ。
そこへ三島由紀夫の忌日がかさねあわせられている。
その日、市ヶ谷駐屯地に乗り込んで自衛隊を煽動し、果たせず割腹した作家。
彼を介錯した青年は、数回失敗したあげく、首を落とす前に刀が曲がってしまったという。
もうひとりの青年によって落とされた三島の首、
そこに詰まっている脳は、かつて稀有なる美と強度を持った作品を、数多産み出したものである。
しかし、それもやがて「うどん」とさしてかわらぬ物体に変容する・・・・・・のだろうか。
死のなまぬるい感触が伝わって来て、慄然とさせられる。
三島忌の帽子の中の虚空かな 角川春樹 「河」平成十八年四月号
上記の句と、表面上の著しい類似が認められるのだが、それをあえて追求することはしない。
帽子の中にあるのは虚空だという。
空ではなく「虚空」と飾り付けることで、形而上学的な雰囲気を漂わせる。
そこにはブラックユーモアへと転ずる要素もなく、触れてくる死もなく、
不在者への哀悼と賛美を感じ取ることができるばかりである。
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