津田清子さんを囲む
津田清子さんを囲んでの「短詩形文学を語る会」に参加するため、奈良に向かう。
伊丹空港に着いたのが12時ちょうどで、開始時刻の13時半ちょうどに近鉄奈良駅に到着した。
タクシーで会場に向かったが20分程度の遅刻となった。
新薬師寺のとなりにある、ろくさろんというライブなどが出来そうなお店で、
一階が満席だったため、二階から見下ろすかたちで聴講した。
途中から聴いた第一部の内容は、旅の句を中心にすすめられ、
橋本多佳子、山口誓子という二人の師と、友人のように親しく交流した日々のことが語られた。
近江八幡の鴨撃ちを見に行ったが実際には鴨がおらず、鷺を鴨に代えて句にしたこと、
多佳子が鉄砲玉のように思い立ったら旅に出てしまう人であったこと、
伊勢で療養中の誓子が近所のおじさんのように親しみやすかったことなどが話題にのぼる。
つねに明確で力強い語調に、ユーモアと詩的な表現が混じりあってゆく。
対話者の話を聴くときには厳しい表情を崩さず、あいまいさや説明不足があれば、即座にはねつける。
この雰囲気は、明治生まれで長く小学校教師をしていた祖母に似ているなどと思っていたら、
経歴に奈良女子師範学校卒とあった。
つまり、津田さんは私の祖母の後輩ということになるのである。
後半は岡村君が質問者となり、句集『無方』と砂漠の旅のことを中心に話がすすめられていった。
砂漠にあった、枯れ木のようでありながら命をたもっている「死ねない木」のこと、
「砂漠にいても谷底にいても自分のことを句にしている」
「鳥取砂丘は季語で縛れるけれど、砂漠は季語ではしばれない」
「季語のないところで季語は使えない」
といった言葉が印象に残っている。
終盤、会場からの質問コーナーとなり、私も堀本さんから指名をうけてマイクを握った。
「作品にご自分を登場させる際、われ、と一人称で書かれているときと、
清子、あるいは津田清子という固有名を用いられているときがあるが、
作者としての意識にどのような違いがあるか?」
具体例を挙げてもらわないとわからない、といわれたため、
前者の例として「狡休みせし吾をげんげ田に赦す」
後者の例として「灼けし溶岩さまよふ原始人清子」
をあげると、津田さんは即座に「何も違いはありません。同じです。」とおっしゃった。
もちろん読者にとってその二つは全く異なるものであり、
揚げた二例それぞれに語の選択された必然性があるはずで、
そこのところをもう少したずねてみたい気もしたが、
ともあれ「同じである」と潔く言い切られた態度にはおおいに納得がいった。


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